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瞬きをする間に見逃してしまいそうなダルハウジー・オベリスクは、先の尖った背の高いモニュメント。アジア文明博物館に近い、エンプレス・プレイスにあります。

1850年2月に、インド総督を務めていたダルハウジー侯爵ジェームズ・ラムゼイ卿の2回目の渡星を記念して建てられたこの記念碑には、興味深い裏話があります。

地方自治改革と歳出削減が予想されたことから、侯爵の訪問は注目を浴びていました。

「針」からインスパイアされて
ダルハウジー・オベリスクは、歴史あるシビック・ディストリクトにある写真撮影にうってつけの美しいスポットです。

撮影者 Joel Chua DY

政府測量士ジョン・ターンブル・トムソン(John Turnbull Thomson)が設計したダルハウジー・オベリスクは、自由貿易の利点を商人に説くために建設されました。

ロンドンにある有名な「クレオパトラの針」がモデルと考えられており、完成は1850年末。4面それぞれにジャウィ文字、中国語、タミル語、英語で碑文が刻まれています。

装飾が施された円錐形の灯籠が4台立ち、街中で写真を撮るならうってつけの美しいスポットです。

2度の移転

撮影者 Joel Chua DY

ダルハウジー・オベリスクの1回目の移転は1880年代後期。パダンを拡張し、ニュー・エスプラネード・ロードを建設する土地造成作業を受けたものでした。

ビクトリア・シアターに近い現在地に再度移転されたのは、1891年のことです。

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